IT/ソフトウェア業界でのビジネス職キャリア

IT/ソフトウェア業界でのビジネス職キャリアを考える材料を発信していこうと思います。

人生観変わる幕末マンガ「風雲児たち」

傑作幕末マンガ

風雲児たち」というマンガをご存知でしょうか。

この冬に一気呵成に読み切りました。

風雲児たち」は幕末編と合わせて、現在刊行されているだけで18巻+26巻=44巻あります。

 

このマンガは、そもそも幕末を描くはずだったのですが、幕末を理解するためには、関ヶ原での薩長土の負けっぷりと、その後の徳川家康が始めた、江戸幕府の政治史を理解しなければいけない。ということで、幕末編ではない方で、幕末までの江戸時代が描かれます。

この幕末までの江戸時代でも相当に濃い興味深い人物が多々でてきます。

 

良いリーダーとはどのような人物か?

このマンガ読んで改めて感じましたが、歴史を学ぶ意義、

それは「良いリーダーとは、どのような人物か」という点です。

歴史上に出てくる名君は何をしたか、それはどのような考えから来たのか?

逆に、ダメな為政者は何故、歴史から悪政と判断されているのか?

このようなことを歴史を学ぶことで理解し、リーダーシップについて考えることができます。

 

また、歴史は必ず点と点が線で結びついて時間が進みます。

この点と点の結びつきを理解することで、因果関係を読み解けるようになります。

 

風雲児たち前半で出てきたリーダー

風雲児たち」前半で出て来た興味深いリーダーです。

 幕末編では、吉田松陰桂小五郎高杉晋作大村益次郎、島津成彬、大久保利通西郷隆盛坂本龍馬らおなじみに幕末志士が登場します。

 

このマンガの影響で、司馬遼太郎の本を再び読むようになりました。

 

 

学ぶということ。2015年、今年一番変化したこと。

「学習する」という習慣

去年と比較して、今年何が一番変わったか?と問うた時に、「学習する」ということについて真剣に考え、実践するようになった、ことがあります。

その経緯を影響を受けた書籍とともに記そうと思います。

 

「学習する」というのは、具体的には、

  •  主に書籍を通じて、自分に必要な情報を積極的に吸収すること
  •  今の職務において、必要な能力、自分の在り方を考えて課題を克服しようとすること

これまでも決して怠って来たわけではなく、社会人の中では割りかし意識している方だったかもしれません。

また、大学生時代は本を読むのが大好きで、かたっぱしから様々な知識を吸収していました。

「学習」を意識したきっかけは何か?

私が社会人5年目になり、再び読書やら学習やらにのめり込むことになったのは、一つの挫折体験からでした。

端から見ると挫折経験というほどのものではありませんが、世間一般でいう課長職を遂行し、チームメンバーやサービスに対しては積極的に働きかけたのですが、当時の上司と反りが合わず、自分が納得する様な評価も得られず、仕事に楽しみを感じられず、惨めな日々を過ごしていました

上司と反りが合わなかった理由は、上司が自分よりも担当する事業領域やヒューマンマネジメントに対する能力が劣っていると感じたためで、年功序列が嫌で現職に就職した私にとってはそれは非常に不愉快なものでした。

そんな惨めな思い出生活をしていたある日、家の中に昔買っておいた本をたまたま読み始めることになりました。それは、よくある功をなした人のインタビュー集で、その中の建築家の安藤忠雄のメッセージが深く心に刺さりました

35歳までに必死で80歳分までの勉強を

30歳の私はこの言葉が深く心に刺さりました。

世界的な建築家が35歳までに必死に勉強しているなかで、自分は30歳で「上司がバカだ」とか何を分かっている気になっているんだろう、と。

「そう、勉強しなければならない」

 

それからは書籍を積極的に読むようになりました。

そして、書籍を読めば読むよほど、さらに学習の必要性を感じ、学習への熱意が加速するのです。

 

「限界はあなたの頭の中にしかない」

そんな中であったこの本は、アメリカのマーケティングコンサルタントのジェイ・エイブラハムが、無一文の高卒時代からビジネスの世界で成り上がるまでの過程が真摯に綴られています

ジェイ・エイブラハムはどんな状況でも、観察と学習することを選択し、自身の能力を高め、自分の置かれた環境を変えてきました。

この書籍により、自分の置かれた環境を、学習することによっていかに変えていくかが重要である、ことを学びました。

ダサい上司を憎むのではなく、そんな人間がいる環境にしかいることができない自分を憎むのです。

「環境を変えるために、学習しなければならない」のです。

 

学習するジャンルを決める

それからはますます、「学習する」ということについて考えるようになりました。

まずは、学習するジャンルを決めることにしました。時間が限られた社会人にとっては、何を学ぶのかが重要だからです。

学習するジャンルは以下の3つにしました。

  1. 英語
  2. ビジネス知識(特に経営戦略、マーケティング
  3. 在り方、人格

英語の学習をするのは、今後、ますます英語ができるかできないかで自分のいれる場所、可能性が変わると考えるからです。これは、説明が不要だと思います。

 

ビジネス知識、特に経営戦略、マーケティングを学ぶのはそれが最もビジネス活動にとって上流で、それらを知ることにより全体感を把握できること、そして、他人にコントロールされづらくなるためです。また、いつか自分でビジネスを所有したいという目標の役に立つだろうと思うからです。

 

「在り方、人格を学ぶ」というのは、具体的には大きな事業を起こした経営者、政治家の自伝を読み、どのような考え方を持っていたのか?どのような行動を起こしたのか?を学ぶということです。これは前出のジェイ・エイブラハムの書籍に記載されていたことです。

 

「継続すること」に一番焦点を絞る

学習は継続することを焦点に当てます。これは、もう一冊の学習に関して影響を受けた書籍、「10年後世界が壊れても、君が生き残るために今、身につけるべきこと 答えのない不安を自信に変える賢者の方法 」という本から影響を受けました。

「成功するための秘訣はただ1つ。成功するまでやることだ」

特に英語などは、一長一短で身につくものでもないので、この考え方は重要だと思います。毎日続けられる量をトレーニングとして課し、日々学習しています

 

学習することの効能

学習することによって、何が一番変わったか?

それは、アウトプットの機会を求めるようになったことです。仕事に対して消極的な気持ちだったものが、積極的な気持ちに変わってきたのです。

学習して自分のできることが増えることで、もっと表現したい、という気持ちになります。

具体的な知識やスキルの積み上げ以上に、このことが最も重要なのではないかと思います。

 

学べ、学べ、学べ。とにかく学べ。

学ばないと話にならない。それが私の実感だ。

堀紘一

 

 

タンホイザー、イデオロギーの対立

METライブビューイング

METライブビューイングにて、ワーグナー(Wagner)のタンホイザー(Tannhauser)を鑑賞しました。

www.shochiku.co.jp

METライブビューイングはニューヨークのメトロポリタン歌劇場の講演を、映画館で配信するというもので、私が学生の時、4年以上前から実施されています。

 

余談ですが、メトロポリタン歌劇場は映画館で配信し、ベルリンフィルは演奏をインターネット配信しています。クラシック音楽業界でもデジタル戦略に乗り出しているところはちらほら見られます。

 

ワーグナーとは?

モーツァルトのオペラが大好きだった学生の頃の、ワーグナーのイメージは「金、権力、女」なバブリーな脂ぎったおじさんが好きな音楽というものでした。

2作くらい鑑賞した結果、時折荘厳な音楽は流れてくるものの、まず長く、さらに、話しはずっと権力に関する闘争で好きにはなれませんでした。

一方で、自分も歳を取ったらこういう音楽を好きになるのかな、とも思っていました。

なっていったって、熱狂的なファンの多さではワーグナークラシック音楽会でも屈指でしょう。

 

それから、7年くらいが立ち、4年以上の社会人経験を経て、ワーグナーを聞きました。そして、すごく魅了されました。

それは、ワーグナー作品の中でも比較的取っ付きやすいタンホイザーだったからかもしれません。

しかし、とにかくその荘厳な音楽に刮目してしまいました。

 

イデオロギーの対立

そして、このオペラを構成する大きな幹は何なのか、と考えました。

それは、イデオロギーの対立です。

タンホイザーは2つの愛、2つの世界の間で揺れ動きます。

  • ヴェーヌスの官能的な愛とエリザベートとの精神的な愛
  • 喜びと永遠の神々の世界と、秩序と有限な人間の世界

 

イデオロギーは同じレベルでは決して、すり合いません。

他方は他方を容認しないのです。

この難解さや苦労、そこから生まれる人の感情は、なかなか学生の頃には分からなかったのだろう、と感じたのです。

様々な思惑、様々な人間関係が張り巡らされた状況を垣間見ることによって得られたアクチュアリティーが無いとワーグナーの音楽は理解できないのかもなーと思った次第です。

 

折り合いのつかない世界で闘争、必死に生きることがあの荘厳な音楽の土台になっているのではないでしょうか。

 

様々なことを経験しないと理解できない。

様々なことを経験することによって芸術そのものの理解が変化する、そして、芸術によってものの見方が変容する。

それこそが、芸術の価値だと改めて思いました。

 

社会人の5年間で後悔したこと

18年間の12の後悔

僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと」という本を読みました。

著者は、小説家になりたいという夢を持ちながら、京都大学を卒業し、百貨店に就職。

18年間勤めた後に、行き詰まった感覚を持ち、退社。

奥さんと2人で始めたビジネスが現在はうまくいっているそうです。

 

その著者がうまくいったとは言えない社会人生活を振り返って後悔した12のことを振り返った内容です。

 

著者の後悔の内容は、偏見かもしれませんが、京都大学の学生に良くある「周りにながされたくない、自分には自分の大事なものがあるんだ」という自意識の強さから来ている気がします。

 

かくいう自分も京都大学卒で、僭越かもしれませんが、この方の記載されている内容が感覚的に良く分かります。

 

一方で、12の後悔の一つ、

会社のカラーに染まりたくないなんて思わなければよかった

この当たりなどは、何のことを言っているのか分からない人には全く分からないのではにでしょうか。

自分自身の後悔を書き出してみた

後悔のない人生を送っている人がいるとすれば、失敗やうまくできなかったことを見つめ直し、次に活かした人だと思います。

そこで、自分自身の5年間の社会人生活の後悔を書き出してみました。

  • ダメな上司にコミュニケーションを閉ざさなければ良かった
    私は上司が自分より賢くない時、該当業務や業界に詳しくない時、コミュニケーションを閉ざし、露骨に嫌悪感を示しました。それは社会人3年目の半ば〜4年目にかけて、主に2人の上司に対してです。

    私がこのような態度を取ったとには、理由があります。私が現職の会社に入社した理由は、年功序列が嫌だったからです。合理的でないものが嫌いな自分は、年功序列の様な非合理的な仕組みを許せないだろうと考え、実力主義を謡う現職への入社を決めました。

    この様なバックグラウンドがあるため、いざ自分の上司が自分よりできない場合に、私は露骨に嫌悪感を示し、コミュニケーションを閉ざしました。
    コミュニケーションを閉ざしたとはいえ、当時の自分はグループマネージャーというマネージャー階級(普通の会社では課長)で、自分の担当領域に対しては数字を上げ、メンバーを育成し、チームビルディングを行い、しっかり仕事をしました。しかし、上司ときちんとコミュニケーションを取っていないので、評価は上がりません。また、この様な場合、上司は報復人事と思えるような評価を下してきます。

    この点において2つの意味で反省しています。まず、一つ目は上司を無視するという行為自体は自分の発言能力(コミュニケーションにおける伝達能力)の欠如であるということに気づいて早急に対応すべきであった、ということ。二つ目は、きちんと仕事をしたにも関わらず評価が上がらないということは想像していた異常にモチベーションを下げ、キャリアが下り坂になる危険性があるということです。1つ目の発言能力の欠如については、現在も学習と最適化を行っている状態で、ある程度結果が見えてきたらブログに詳細を執筆しようと思います。
  • 業界やビジネスファンクションについて、もっと勉強し続ければ良かった
    本を読むのが好きで、どちらかと言えば業務に関して勉強をしてきた方だと思います。しかし、中だるみの時期、勉強をせずに無為に過ごしている時間が無かったと言えば嘘になります。また、成果に結びつく、自分の今後のキャリアに役立つ勉強ばかりでも無かった様に思います。現在は勉強に非常に多くの時間を使っていますので、この密度での学習をもっと早く始めていれば良かったと思っています。
  • 英語の勉強は継続的に続ければ良かった
    学習の中でも語学は時間がかかるもので、英語の勉強はライティングや単語の学習など、時間がかかるものを継続して勉強を続けていつでも海外でのビジネスで勝負できるという状況にしておければ良かったと思っています。
  • 思考力や処理速度を上げるための訓練をもっと早く行っていれば良かった
    現在、思考力や処理速度を上げるための訓練に一定時間を費やしています。初めて少ししか立っていませんが、思考力や処理能力は上がってきた様に思います。思考力も筋トレと同じで高い負荷をかけないと上がりません。そして、業務は経験値が貯まると負荷は減少し、思考力や処理速度などのベースの部分の伸展は起こりづらくなってしまいます。そのような時期に思考力UPの訓練を積んでおけば良かったなと思っています。
  • リーダーシップ能力の開発をもっと意識すれば良かった
    キャリアを伸展させる上で最も重要なものはリーダーシップ能力だと思います。他社に働きかけること、何かを表現することこそが仕事であり、価値を生み出すからです。このことをもっと意識し、もっとリーダーシップについて学習したり、リーダーシップを発揮して事業を進めれば良かったと思っています。この点については、今後の課題だと思っています。
  • 自分の学んだことをブログなどでアウトプットし続ければ良かった
    これもこれからやるべきことですが、やはりブログは自分の思考の整理に最適だと思います。自分の考えたことを読み直して反復することは強化学習にもなります。
  • 時間をお金で買えば良かった
    世の中になんだかんだ言って、お金は溢れています。一番重要な資源は時間です。時間をお金で変えるなら、安いものだと思います。
  • 運動を定期的に行えば良かった
    上に近しいですが、時間をもっとも生み出すものは健全な心身です。健全な肉体への投資は長期的に重要です。

 

 

フランシス・ベーコンの狂気に潜むカリスマ性の根源

画家フランシス・ベーコン

画家フランシス・ベーコンの生涯と作品について書かれた『僕はベーコン』という書籍を読んで、カリスマ性について考えてみた。

 

フランシス・ベーコンは1909年、アイルランド生まれの画家であり、画家としての正統の教育は受けていないこと、ホモセクシャルであること、飲酒癖もかなりあり、個性的なパーソナリティの画家である。

 

『僕はベーコン』はそんなエキセントリックなベーコンの生涯と作品を、カラフルなイラストとともに紹介してくれる。

 

カリスマ性とは何か?

ベーコンはその生前、死後ともに、多大なカリスマ性があった。

倒錯的で問題のあるパーソナリティ、ベーコンの描く絵は美しいとは一切言えず、奇怪で薄気味が悪い。この様な人間がなぜ、カリスマ性を持つのか?

 

フランシス・ベーコンについて考えるにつけ、

  カリスマ性=差異×熱量×自発性

ではないか、と考えるようになった。

 

差異

差異とは、人の好奇心(Curiosity)を生む、価値の源泉である。

「普通」では、その人のパーソナリティ自身に価値が生まれることはない。

 

熱量

そして、その差異は他人から見てもはっきりと見て取れるものでなければならない。

つまり、差異が際立つくらい、その差異を生む対象に対して、熱意や情熱がなければならない。

これは、アメリカで成功者の条件として、GritObsessionが取り上げられること同じである。差異は極大化され、クリティカル・マスを超えて、初めて多くの人の目に価値として映るようになるのである。

www.ted.com

How to be as great as Bill Gates, Steve Jobs, Elon Musk, and Richard Branson - Quora

自発性

熱意によって極大化した差異によって、人目に付くようにはなる。

しかし、その差異が人々の共感を生み、カリスマ性を生むとは限らない。

 

例えば、「極端に貧乏です」では、確かに目立つが誰も憧れないし、カリスマ性は生まないのである。

では、カリスマ性を生む差異とそうではない差異は何か?

その違いは、その人が進んで(Willing)その行為を行っているかどうかによる、である。

 

 人が自身で望んでいる行っている行為は、人にもよるが必ず他人の共感を生む要素を含んでいる。

ベーコンが望んで奇怪な絵を書き続けたことも、共感を得る人が一定必ずいるのである。

 

まとめると

この様に考えるにつけ、やはりよく言われるように、

 

  • 好きなこと(望んでやりたいこと)
  • に、自分の資本を集中的に投下する
  • そして、その過程や成果を表現する
  • それを、とにかく続ける

 

というのが、カリスマ性を得る道でも正しいと思う。

本田宗一郎=言葉の経営

自伝本は読むべき

最近、経営者、政治家、芸術家などの自伝本をよく読みます。

限られた人生の中で大きな業績を残す人は「何を考え、どのような態度で物事に向き合うのか」、に興味があるからです。

 

その中で思うのは、やはり本田宗一郎松下幸之助の様な、戦後の焼け野原から世界規模の会社を作る人間には社会や他人に対する深い哲学や揺るがない深い想いがあるということある。

そして、主に晩年にそれらが言葉となり、それが編纂され書籍となっています。

身の回りに大経営者がいなくても、私達もその片鱗が垣間見れるのです。

 

「人間の達人 本田宗一郎

この書籍には、ホンダ創業後の本田宗一郎の言葉がエピソードとともに綴られています。

ホンダと言えば、「ワイガヤ」会議など言葉の力を使ってうまく経営を行った印象のある企業でもあります。

 

人の心に棲んでみる

このエピソードばかりでなく、宗一郎は他人の心理を読み分ける能力が優れていた。自分をその立場に置いてみる。しかも、「棲む」というのだから、一瞬の話ではなくドッぷりとつかる、のである。

宗一郎が大経営者であるにも、この様な習性を持てたのは幼少期に貧乏で差別された経験があるからである、と筆者は説く。

 

宗一郎の他人への思いやりの徹底は「気遣い」という次元ではなく、相手の考えていることを「徹底的に考える」という非常に濃いものであったそうだ。

 

人に好かれたい

「もし企業家として他人とちがうとしたら、人に好かれたいという感情が強いことでしょうね。これが強いから、金だけで企業をやる人とは、過程においてかなりちがうのかもしれません。」

ウォーレン・バフェットもスノー・ボールの中で、人に好かれたい、よく思われたいという欲が人一倍強いと表現されていました。「他人から愛されたい」という願望は大きな事をなす人に重要な要素なのかもしれません。

 

仕事 本当におもしろいのは 仕事だけ

引退後のホンダ宗一郎がぼそっと語ったと言われる一言である。

 

創意工夫は苦し紛れの知恵である

「僕が一番スリルを感じるのは何かを企画して、それが失敗した時だね。頭の中が次のアイデアで一杯になるんだ。」

このような姿勢が大経営者の凄みなんでしょう。優れた人は学習力に富む人、危機を乗り越える力が強い人だと思います。

 

理想を持つ

「卑小で弱く、悪いほうへ傾斜しやすい人間であるからこそ、自分の生き方の中に、目標や理想をもっていたほうがいい。その理想が…、ほんとうの勇気にとって欠かせない考え方であるといいたいのだ。」

 

この部分で著者は小林秀雄の「モオツァルト」を引用しています。

強い精神は、容易な事を嫌う」そして、天才について、「制約も障碍もない処で、精神はどうしてその力を試す機会を掴むのか。何処にもこんないがなければ、進んで困難を発明する必要を覚えるだろう

 

スピード

「私はスピードによって人生というものは決められると信じている。

われわれには髪さまに与えられた一定の人生しかない。それゆえ、与えられ、限られた間に、自分の要求をどれだけ満たすかということが人生の最大目標であるから、それにはスピードが絶対必要である。」

この発言には、宗一郎がホンダを創業した年齢が42歳ということもあったろう。

 

肚の底から努力する

宗一郎が終生言い続けた言葉のようで、響きの良い言葉だ。

 

他の人たちは壁しか見えない場所に、私はドアを見る

インドの田舎に生まれ1代で鉄鋼グループを作り上げた人物OP・ジンダルの言葉の様だ。

 

まとめのリーダーシップ

著者本田宗一郎リーダーシップを2つにまとめている

  • どんな時でも夢と可能性を追い続ける前を向いたリーダーシップ
  • 常に自分についてくる人たちに向けられる優しさと想いやりという後ろを向いたリーダーシップ

 

 

 

代替品の脅威はどこで見誤ったか?

2012年のケース分析

「戦略分析ケースブック2」は一橋大学MBAワークショップグループが2012年に12月に著したケース分析をまとめた本です。

 

ポイントは、2012年、すなわち今から3年前にまとめられた本です。

この中に、「ソーシャルゲーム業界」の分析があります。

当時、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していた、ソーシャルゲーム業界(具体的には、GREEDeNA)に対して、高い利益率と市場シェアは維持できるのか?を考察しています。

 

このケース分析の答えは「維持できます」である。

ソーシャルゲーム業界は、代替品の脅威が生じにくく、また、サプライヤー側からの交渉力も弱く、利用者のニーズを的確に捉えており、今後も繁栄する、とされています。

 

これは、2012年の見解です。

皆様、ご存知の様に、この業界は、その後、台頭するネイティブアプリマーケット(iOS/Androidストア)や2012年2月にリリースされたパズル&ドラゴンや2013年9月にリリースされたモンスターストライクなどに大きく市場シェアを奪われ、GREEDeNAは大きく売り上げを落としました。

 

なぜ、予想は外れたのか?

つまり、予想は外れたのです。

予想が外れること自体は、人間よくあることです。

しかし、このようなケース分析が何を見落としていたのか?を考えることは、経営を考える上で重要なのではないでしょうか?

 

見落とした代替品の脅威

この書籍では、スマートフォンのアプリマーケットについて、きちんと触れられています。

ソーシャルゲーム・プラットフォームを含めた4つのゲームプラットフォームは、ゲームを遊ぶ状況が似ているため、一見すると代替関係が存在しそうに見える。

しかし、これらの代替品の脅威は、小さいと考えられる。

 著者は、アプリマーケットが脅威ではない理由として、以下の点を上げている。

なぜなら、まず第一に、フィーチャーフォンのキャリア公式サイトと、スマートフォンのアプリマーケットについては、すでにそこで人気となっているゲームを取り込みつつあるからである。他のプラットフォームで人気のソフトをグリーやDeNAが引き抜きで切る理由は、ソーシャルゲームプラットフォームの方が、既存のアプリマーケットなどよりも高い収益期待を抱かせるからである。

脅威ではなかった代替品はなぜ脅威となったのか?

それでは、なぜ脅威とは見なされていなかったアプリマーケットが、結局はソーシャルゲーム業界を引っくり返したのか?

ネイティブアプリ(アプリマーケット)がユーザーがゲームに求める動的な演出やゲーム性を提供できたからである。

ブラウザベース(HTML)で作られたソーシャルゲームでは提供できない価値を提供できたのだ。

2012年の時点では、そのネイティブの利点を活かしたゲームを世に出している会社は少なかった。

パズル&ドラゴンは極めてキャッチーなゲーム性をぬるぬる動くネイティブアプリがリリースされて初めて、代替品の脅威が見て取れるようになったのだ。

なぜ、気づけなかったのか?

結局、経営学を知ろうとも(本ケース分析はポーターの競争の戦略の5Forceをベースに考察されている)、テクノロジーを理解していないと、ITセクターの未来は読めないのである。

 

この業界はテクノロジーの発展が早く、そして、サービスやプロダクトはそのテクノロジーの上に築かれる。テクノロジーの上に経営が乗っている場合もある。

 

テクノロジーと経営は同じレイヤーで議論されるべきものなのである。